| 平成15年日曜学校卒業記念演劇ご協力への御礼 |
| 三寒四温と、さすがに早春の気配です。 このたび、徳応寺日曜学校卒業記念劇「地獄のそうべえ」の上演にあたりましては、ご縁のある皆様の心あたたかいご協力や、お励ましを頂き厚く御礼申上げます。 「地獄」ということが語られなくなりました。楽しみが多い今の世の中で地獄という存在は、忘れ去られてしまったのかも知れません。けれども、笑いが中心のテレビ番組をみても、さまざまな娯楽施設に遊んでも、“もっと楽しい、もっと楽なものを”と追い求める私たちの心は、満足をしりません。そして、それを支えるたくさんの人々の苦労や努力を忘れてしまっています。私たちは多かれ少なかれ『罪人(つみびと)』です。地獄の苦しみ、悲しみをすっかり忘れ去り自らをふり返る場を、失おうとしています。 軽わざ師の「そうべえ」は、人生の綱渡りにたとえます。右手に喜び、左手に悲しみ、バランスをとって世の中をゆらゆらと・・・そして、ともすれば、バランスを失いそうになってしまう私たちを大きな光でつつみこんで下さるのが阿弥陀さまのお慈悲なのです。 地獄の悲しみを知るものこそ、仏である。 阿弥陀仏は、ここに願いをおこされた。 われらは、すべてこの願いの中にいる。 今年もおおぜいのスタッフやみなさんに支えられ劇を発表することができ、三人の六年生がすばらしい想い出と共に日曜学校を巣立っていきました。たくさんのお手伝い、差入れ、そして当日は小さな子供たちから、おじいさん、おばあさんまで、多くの人々に観ていただきありがとうございました。 すべての命は 願われて生きる命 やさしい光につつまれて生かされている命 この世にいただいたたった一つの命を大切に、「ありがとう」と歩ませてもらいたいと思います。 称 名 平成15年3月 徳応寺 日曜学校 有縁各位様 戸崎文昭 |
| 徳応寺「日曜学校卒業記念演劇」(平成15年) |
| 地獄のそうべえ |
| 仏教で地獄が説かれてきたことの意味は、縁によっては何をするかわからない、自らの命のあやうさに気づかせるためであったと思います。それを昔から「火の車、作る大工はなけれども、己が作りて、己が乗りゆく」と言います。つまり人を堕とす地獄があるのではなく、自らが地獄を作っているのです。しかし、地獄に実体があるのではなく、心の闇によって作られたものですから、光によって闇が破られるように、真実の慈悲によって地獄は破られます。仏は地獄の悲しみを内包する存在です。地獄の悲しみを知るから、それを自らの痛みとしてうけとめ、真実の慈悲がおこされるのです。 |
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平成15年卒業記念劇 『地獄のそうべえ』 日時:平成15年3月8日(土) 午前10時〜 (1回目) 午後6時半〜(2回目) 場所:徳応寺本堂 |
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| 今年卒業の子供たち | ||
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| 山口新聞にも 紹介されました。 |
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